「障害者施設に勤めたい」と希望される方へ、そもそもまずは「障害者って?」について私の考えを書いておきたいと思います。
そんな私は今から15年ほど前、当時「知的障害者通所更生施設」と呼ばれていた施設に勤め始めました。障害者についての知識はほぼないままでの勤務開始でした。

初日。
ホールに集まった18歳から60歳までの知的に障害のある方々20数名が床に敷いたマットの周りを取り囲みました。床運動の時間でした。縦に5メートルほどの距離を、みなさん思い思いのスタイルででんぐり返しやら歩腹全身やらで進んでいきます。
我々職員の役割は、マットから外れてしまわぬように軌道修正をしたり、転がる際に首を傷めないよう補助したりすることでした。

18歳のA君は先日養護学校を卒業したばかりで、私と同じく本日が通所初日でした。
「同期の桜」である彼は、最重度の知的障害がありました。
しかし顔つきは彫りが深く、切れ長の目と相まってワイルド感があり、筋肉質で引き締まった体にチェックのシャツを羽織り、適度に色落ちしたジーンズをはいていました。
そんな彼の順番。おもむろにマットに膝と手をつくと、そのまま前に進みだしました。周囲の職員は拍手喝さい、「すごいね!」を連呼しました。

ものすごい違和感。
見た目はごく普通か、いや、むしろイケメンでカッコいいと思える彼が必死の形相で「ハイハイ」をしたのです。18歳の「見た目普通な」青年が、マットの上でハイハイをして、それを見た職員が拍手喝さいをしている・・・倒立や開脚前転をしたわけではないのに・・・何でそこまで褒めちぎれるの?・・・
まるでバカにしているような、からかっているような、そんな雰囲気をとても嫌に思いました。

健常者と障害者を比べない

あの程度のことしかしていないのに、なぜ「すごいね!」なのか?
マットを片付けながら必死で考え、不愉快な思いを断ち切ろうと努力しながら答えを探しました。本日仕事開始の私に答えがでることはありませんでした。

怪訝な表情をしている私にひとりの先輩が近づいてきてこう問いました。「もしかして、障害者のことをかわいそうって思ってない?」と。

図星でした。18歳のA君の4月1日、本当なら大学の入学式を控え、もしかしたら一人暮らしのための引っ越しをしていたかも知れない。大学へ着ていく服をデパートに買いに行っていたかも知れない。かわいい彼女がいたかも知れない。
でも彼は障害者施設のホールのマットの上でハイハイをして拍手喝さいを浴びていた。その情景のすべてが不憫でした。「本当なら・・・こうだったに違いない」と思えば思うほど彼がかわいそうでしかたがありませんでした。
そう正直に先輩に打ち明けると、こんな風に言ってくれました。
「比べるからいけないんだよ」と。

健常者と障害者を比べて、障害者を下に見て「かわいそうだ」と思っても、それは障害者にとってはいい迷惑だと思うよ。
彼らは自分と他人を比べてなんていないと思うよ。自分ができる精いっぱいをその時その時に発揮してくれている。正直すぎるくらい正直に、素直すぎるくらい素直にね。
僕たち職員は、そんな彼らの100パーセントに対し拍手をする。「すごいね!」って言う。それは間違っていることかな?

僕の中の基準は、世の中の一般的な、いわゆる「健常者」と呼ばれる人たちや、その人たちが持つ感覚でした。健常者と比べて「あれができない」「こんなことしかできない」と言ってみてどうなることなのか?先輩の言う通り、「いい迷惑」です。

障害者に対する「差別」や「偏見」

「見た目が普通」っていうのもどうなんだろう? 
そう思うってことはそもそも「障害者は見た目が特殊」と思っていた証拠でしょう。
A君の見た目が明らかに健常者のようではなくて、A君のマット演技が明らかに幼稚であれば、私は納得していたのでしょうか?必ず納得していたと思います。「こんなもんだろう」と。

世の中には障害者に対する「差別」や「偏見」があります。その一般社会で何年もの間を過ごし、自分自身はそんな気持ちは微塵もない、と言ったところで潜在意識の中には確実に存在していることでしょう。 

「普通」と「特別」の違い。    「一般」と「特殊」の違い。
「できる」と「できない」の違い。 「ある」と「ない」の違い。

障害者施設には大きなお風呂があります。トイレは広く使いやすく、食堂は明るく開放的です。屋上にはプールや花壇があります。活動室には木工用の電動工具やアルミ缶を潰す機械なんかもあります。パンやクッキーを焼くオーブンや、紙漉き用の道具も揃っています。
障害のある人でも毎日を生き生きと積極的に過ごせるように、ハード面はしっかりと整えられています。

すべて受け入れる覚悟

さて、問題はそこで働く人のソフト面です。
障害者をかわいそうと思っていたら・・ 障害者を健常者と比較したとしたら・・

100パーセントありのままを見せてくれる彼らは、100パーセント彼ら自身です。
誰かと比べてどうだとか、普通と比べてどうだとか、一般と比べてどうだとか、
そんなことはどうでもいいのです。

「もし、障害なく生まれてきたら・・」そんなことは考える必要はないのです。そんな「もし・・」はあり得ないのだから。
今ある姿、今ある彼自身、まぎれもなく本当の本物の彼です。それをすべて受け入れる。ただ、それだけ。

障害者施設で働きたいと思ったら、まずは自問自答をしてみてください。
障害者は障害者である前に一人の人間である、ということを覚悟と責任を持って自覚できるかどうか?ということを。

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